寄り道のすすめ

前回、逆張り戦略のバックテストでPF1.5に到達し、「いける」と確信するところまで書きました。

ここからまっすぐ運用の話に入れば、きれいな成功談になります。でも実際の私は、そこから寄り道をしています。

「逆張りと順張りを同時に稼働させると、相場のどの局面でも稼げるロバストなポートフォリオになる」——投資をやっていれば一度は聞いたことがある話です。逆張りは暴落局面に強い。なら上昇局面で稼ぐ順張りと組み合わせれば、お互いの弱点を補えるはず。理屈は美しい。

そこで私は、逆張りと並行して2つの手法を試しました。高値ブレイクアウト(順張り)ペアトレード(統計的アービトラージ)です。

結論を先に言うと、どちらも凍結しました。「ダメだった」というより、「今の私のやり方では優先する理由がなかった」。逆張りにリソースを集中したほうが合理的だと判断しました。

ただ、この寄り道は無駄ではありませんでした。むしろ、寄り道の中で学んだことが、生き残った逆張りの運用にも効いてきます。今回はその話です。


高値ブレイクアウト——6回粘って、嘘の数字に気づくまで

なぜ順張りを試したか

上場来高値を更新した銘柄は、過去にその価格帯で買った人が全員含み益という状態です。「やれやれ売り」(含み損が解消されたところで手放す動き)が構造的に存在しない。だから売り圧力が薄く、少しの買いで株価が伸びやすい——これが高値ブレイクの理屈です。

逆張りが「落ちたボールの跳ね返り」を取る戦略なら、順張りは「飛び上がったボールがさらに上に行く力」を取る戦略。両方持てれば、相場がどちらに動いても稼げるはず。

(補足:高値ブレイクの一般的なイメージは「上場来の新高値更新」かもしれませんが、上場来だとシグナルが少なすぎます。そこで今回は「直近N日間の高値更新」を条件としました。エントリーポイントとしてはやや弱くなりますが、検証に十分な取引回数を確保するための判断です。)

6ラウンドの検証

AIに条件を渡して、バックテストのコードをもらって、回す。前回と同じ作業です。ただし今回は、パラメータの組み合わせを変えて6ラウンド回しました。

この「組み合わせを総当たりで試す」やり方をグリッドサーチといいます。たとえば移動平均線の期間を25日・50日・75日、タイムストップを20日・30日・40日、と候補を並べて、すべての組み合わせ(この場合3×3=9通り)を自動で回し、成績が一番良いパラメータを探す。力業ですが、バックテストではこの手法を多用します。

検証サイクル一覧。V1〜V6、合計377パターン
検証サイクル一覧。V1〜V6、合計377パターン

V1で288パターン、V2で45パターン……とパラメータを絞り込みながら繰り返し検証していく。最良PFはV1で1.306、V2で1.729、V3では2.689まで上がりました。

第4回で「PF2.38が出て怖かった」という話を書きましたが、あのときと同じ匂いがします。パラメータを伸ばせば伸ばすほどPFが上がっていく。良くなりすぎている。

見かけのPFと、正直なPF

ここで、バックテスト特有の罠を口語で説明します。

バックテストには「テスト期間の終わり」があります。当たり前の話ですが、2021年〜2025年のデータで検証したら、2025年の末尾でテストは終わる。

問題は、テストの終わりの時点でまだ保有中のポジションがどう扱われるかです。長期保有の順張り戦略を、日本株の大型強気相場(2021〜2024年)のデータで回すと、テスト終了時に含み益を抱えたまま残るポジションが大量に出ます。これを「利益確定した」として計上してしまうと、PFが水増しされる。テストの終わりという人工的な締め切りが、成績表を嘘つきにしていたわけです。

これが「期末強制決済バイアス」です。V3のPF2.689は、このバイアスに大きく支えられていました。

バイアス排除前後のPF推移。V3の2.689がV6では1.185に
バイアス排除前後のPF推移。V3の2.689がV6では1.185に

この表の「PF(全体)」と「PF(closed)」の列を見てください。PF(closed)は、実際に決済が完了したトレードだけで計算した「正直な」PFです。V5(トレイリングストップに移行した版)では、全体PFが1.824あるのに、closed限定だと0.829——赤字です。含み益のポジションを除いたら、トレイリングストップ自体は利益を生んでいなかった。

最終的にV6でバイアスを構造的に解消した結果、実際に決済が完了したトレードだけで計算したPFは1.185。全体とclosedが一致し、期末強制0%。

ただし、これは話を単純化しすぎています。含み益を抱えたポジション自体はV4/V5の段階で確かに存在していて、それらを強制決済すれば利益は出る。含み益が「嘘」なわけではない。問題は、含み益を確定利益として扱ってよいかどうかの判断が難しいということです。

大量のポジションが含み益のまま残る戦略を運用しようとすると、資金管理(同時にいくつのポジションを持てるか、1銘柄にいくら配分するか)をパラメータとしてきちんと組み込まないと破綻します。出口戦略も格段に難しくなる。私の開発スタイル——シンプルな統計量でザックリ——では、そこまで精密な設計を入れるのは厳しかった。

PF1.2の壁と、凍結の判断

数理的結論:PF1.2の壁
数理的結論:PF1.2の壁

6ラウンドの検証を通じて分かったのは、価格ベース(移動平均線割れ、N日最安値割れ)や時間ベース(タイムストップ)の決済ルールでは、確実に決済が完了したトレードだけで見るとPF1.2を超えないということです。これ以上のパラメータ調整はカーブフィッティング(過去への辻褄合わせ)に陥るだけ。

含み益を含めれば見かけのPFは上がる。でも、それを活かすには資金管理と出口戦略の精密な設計が必要で、それは今の私には合わない。PF1.2の壁の向こう側に「いけるかもしれない世界」はあるけれど、確証がない。逆張り(PF1.5〜1.69)のほうが、同じ労力でより確かな結果が出ている。

ということで、順張りシステムは凍結としました。

ここで言わなければいけないこと

高値ブレイク投資法そのものを否定しているわけではありません。

PF1.2の壁は、あくまで私のやり方——業績や市場全体のマクロ環境を考慮しない、シンプルな統計量のみでのザックリ開発——で当たった壁です。報告書にも書きましたが、銘柄の相対的な強さ(モメンタムランキング)や、市場全体のレジームの変化を組み込めば、壁を突破できる可能性はある。丁寧に開発すれば、有効な手法になりうると思っています。

凍結であって、棄却ではないんです。いつか条件が変わったときのために、棚に上げてあるだけです。


ペアトレード——「ゴムひも」は切れていた

きっかけはYouTubeと、昔の記憶

順張りがうまくいかず、次に試したのがペアトレードです。きっかけは投資家YouTuberのあばねちゃんの放送でアービトラージの話を聞いたことでした。

そこで調べているうちに、「あ、これ前にやったことがある」と思い出しました。為替の世界でランド円のスワップ両取り——いわゆる「さやどりトレード」を少しだけやったことがあったんです。2つのポジションの差額で利益を取るという考え方が、当時から好きだった。株でも同じ発想ができるなら面白い。そう思って実行に移しました。

ペアトレードの発想はこうです。同じ業種の2銘柄——たとえばトヨタとホンダ——の株価は、普段はだいたい同じ方向に動きます。でも一時的に片方だけ上がりすぎたり下がりすぎたりすることがある。そのとき、割高な方を売って割安な方を買う。価格差が元に戻ったら両方決済して利益を取る。相場が上がろうが下がろうが関係ない。価格差の「戻り」だけで稼ぐ戦略です。

共和分——「ゴムひも」の話

ここで少し、この戦略の土台にある考え方を説明させてください。

2つの銘柄の株価がゴムひもで繋がれたように、一定の距離を保って動く関係があるとします。片方が離れすぎたらゴムに引っ張られて戻ってくる。この「ゴムひもの関係」が統計的に存在するかどうかを検定するのが共和分検定です。

普通の相関係数(「一緒に上がる・一緒に下がる」)とは違います。相関が高くても、価格差がどんどん開いていくことはある。共和分は「価格差が発散せず、平均に戻ってくる性質があるか」を見ている。ペアトレードの利益の源泉そのものを検定しているわけです。

余談ですが、塾講師として少しだけ。共和分検定は「統計的検定」の一種です。高校の数学カリキュラムにおける統計の扱いは、ここ十数年でかなり変わりました。

2010年代初頭に高校1年生の「データの分析」という分野が追加されました。古くから「場合の数・確率」はありましたが、それが少し実用的になったような分野で、相関係数までを目標に話が進みます。そして令和に入り、数学Bでは「統計的な推測」が大きく扱われるようになりました。数学Ⅰにも「仮説検定の考え方」が入り、統計の存在感はかなり増しています。昔からあったような気もするのですが、実際の教育現場ではスルーされていた分野です(職場の塾長——60代——に聞くと「大昔には逆にあった」とか何とか)。ビッグデータがどうとか、機械学習がどうとか、データサイエンスがどうとか、そういった時代の流れを反映しているのだと思います。

この「統計的推測」は中心極限定理をベースに理論を展開して、統計的検定まで持っていきます。ただし厳密な議論をしようとすると大学数学レベルの数式処理が関わってくるため、少々ごまかしごまかし進んでいく。まあここまでは納得できます。

問題はさらにここからで、最近、高校1年の「データの分析」にも統計的検定に触れる内容が追加されました。高校2年ですらごまかしながらやっているのに、です。高2では正規分布は登場しますが厳密な式は扱わない。高1では正規分布という言葉すら登場せず、コイン投げで疑似的にそれを表現・解説しています。これがなかなかの混乱の元になっていて、街中アンケートの結果を分析する話をしていたはずなのに、いきなりコインを投げ始める。比較的優秀な私の生徒ですらこの流れには困惑していました。そもそも教える側も当初は困惑しており、数学系YouTuberがその内容を取り上げつつ、少々引いていたのが印象的です。

閑話休題。共和分検定はこうした統計的検定の延長線上にある概念ですが、記事の本題は手法の話なので、数式は省きます。

ウォークフォワード分析——「未来でも通用するか」を問う

もうひとつ、ウォークフォワード分析(WFA)という概念を紹介します。

バックテストは過去のデータで成績を測ります。でも問題は、「過去で良かった戦略が、未来でも通用する保証がない」こと。過去のデータにだけフィットした「辻褄合わせ」かもしれない。

WFAはこれに対処するための方法です。データを「学習期間」と「テスト期間」に分割して、学習期間で見つけたペアをテスト期間で試す。これを時期をずらしながら何度も繰り返す。全テスト期間の成績を統合して、「過去で見つけた法則が、その先でもちゃんと機能したか」を評価します。

その評価指標がWFE(ウォークフォワード効率)です。ざっくり言えば「学習で見つけた利益のうち、未来でも再現できた割合」。0.5以上が実運用の目安とされています。

ここでもう1つ余談を。この「データを学習用とテスト用に分ける」という発想は、実はAIの世界でもお馴染みです。最近のAIの基盤になっている深層学習(ディープラーニング)は、学習フェーズと推論フェーズに分かれていて、学習用データセットと検証用データセットを別々に用意して実験します。あまり話題になりませんが、質の高いデータセットを用意するのはかなりの手間で、データセットそのものを目的に企業買収が行われることもある。投資の世界でも注目されつつある分野かもしれません。限られたデータをうまく活用する方法として「交差検証(クロスバリデーション)」という手法もあります。データをいくつかに分けて学習用・検証用とし、実験が終わったら役割を入れ替えて同じ検証をする。効率よくデータを活用する現代人の知恵です。今回のWFAの考え方となんとなく似ているな、と感じました。

凍結までの流れ

ペアトレード検証のエグゼクティブサマリー
ペアトレード検証のエグゼクティブサマリー

WFAの結果、取引コスト(スリッページや空売りの貸株料)を差し引いた後のPFは1.17。WFEは0.42で、基準の0.5に届きませんでした。

逆張りシステムとの比較表。PF・検証の厚み・コスト構造すべてで逆張りが上回る
逆張りシステムとの比較表。PF・検証の厚み・コスト構造すべてで逆張りが上回る

並行して稼働中の逆張りシステムと比較すると、PF・検証の厚み・コスト構造のすべてで逆張りが上回っています。同じ資金を投じるなら、期待値の高い方に集中するのが合理的。凍結に三者(私・Claude・Gemini)で合意しました。

「0 / 356」——構造的ペアは存在しなかった

凍結を決めた後、もうひとつだけ追加検証をしました。「5年間ずっとゴムひも関係を維持しているペアだけに絞れば、質の高いトレードができるのでは?」という仮説です。

356ペア全数検査の結果:該当0件
356ペア全数検査の結果:該当0件

結果は0 / 356。5年間を1年ごとに分割して、すべての期間で共和分関係を維持できたペアは、1組も存在しませんでした。

正直に言うと、この結果自体は予想の範囲内です。5年間まるごと同じゴムひも関係を維持する銘柄ペアなんて、冷静に考えればないだろうと思っていました。企業の事業環境は常に変わるし、金利政策ひとつでセクター内の力関係も変わる。去年のゴムひもは、今年にはもう切れている。

では、定期的に(たとえば1週間や1ヶ月ごとに)ペアを見直していけば、この問題は突破できるかもしれない。実際、共和分ペアの情報をリアルタイムで提供しているWebサイトも存在していて、個人投資家がそれを参考にしてペアトレードをしているケースもあります。しっかり勉強して、こうしたツールも活用しながら丁寧に開発すれば、有効な手法が出来上がる可能性は十分にあると思います。

ただ、私がこの時点で考えたのは運用の手間でした。ペアの監視と入れ替えを定期的に行う仕組みを自動化するには、また相当な開発コストがかかる。日常の運用負荷も増える。逆張りシステムの運用最適化がまだ道半ばの段階で、そちらにリソースを割くのが先だろう、と。

だからこちらも凍結です。殺したわけではなく、棚に上げた。


なぜ逆張りだけが生き残ったか

2つの手法を凍結して、逆張り1本に集中する判断をしました。振り返ると、逆張りが生き残った理由はシンプルです。

私の開発スタイルとの相性がよかった。

正確に言うと、最終的に「逆張り1本」になったわけではありません。この後、通常の逆張りに加えて「上昇トレンドにある銘柄の逆張り」(押し目買いに近い発想)も組み合わせることで、弱めのロバストを実現しています。ただしベースの考え方はどちらも「売られすぎ→戻る」なので、逆張りの枠内での話です。

第4回のコラムで「雑に10倍回す」という話を書きました。私の開発は基本的にザックリです。シンプルな統計量だけで条件を組み、業績やマクロ環境は考慮しない。コードはAIに書かせて、中身は読まない。エラーはコピペで直す。

逆張りの「売られすぎ→戻る」という構造は、この雑な開発に耐えました。テクニカル指標だけでも、ある程度の精度が出る。乖離率・RSI・出来高という3つの数字だけで、PF1.5以上のシステムが組めた。

一方、順張りとペアトレードは、シンプルな統計量のみのザックリ開発では形にならなかった。順張りは「いつ降りるか」の設計がテクニカルだけでは粗すぎた。ペアトレードは「どのペアを選ぶか」の更新サイクルが精度を求めた。どちらも、もう一段丁寧にやれば有効な手法になりうる。ただ、今の私の優先順位と開発スタイルでは、逆張りに集中するのが最善だった。

手法の優劣ではなく、開発アプローチとの噛み合い。これが結論です。


【コラム】机の上で死んでくれるありがたさ

高値ブレイクに使ったバックテスト6ラウンド、ペアトレードの検証とWFA。それなりの時間と労力を費やしました。

でも考えてみてください。もしバックテストなしで、「順張りと組み合わせればロバストになるはず」という理屈だけを信じて実弾を入れていたら。PF1.2の壁を知らないまま、含み益の水増しに気づかないまま、「なんだかうまくいっている気がする」状態で資金を溶かしていたかもしれない。

バックテストで死んだ戦略は、あなたの現金の代わりに死んでくれた戦略です。机の上で死ぬのは、実弾で死ぬより100倍マシ。

しかも、死んだ戦略から学んだことは生き残った戦略にも効きます。

  • 「期末強制決済バイアス」の存在を知ったことで、逆張りのバックテスト結果を見る目も厳しくなった
  • 「共和分の寿命は短い」という発見は、「有効な戦略もいつか有効でなくなる可能性がある」という警鐘になった。だから検証を止めない
  • WFAの概念(過去で見つけた法則が未来でも通用するか)は、あらゆるバックテスト結果を評価する際の基本姿勢になった

寄り道で得た知見が、本道の逆張りに還元されている。何も残らない失敗は存在しない——と言い切ると綺麗事になりますが、少なくとも、バックテストという安全な場所で失敗した限りにおいては、本当にそうだと思います。

構造は流動的です。今有効な逆張り戦略も、いつか有効でなくなるかもしれない——実は、ちょうど今まさにシステムを止めています。その話は連載の終盤でじっくりします。棚に上げた高値ブレイクやペアトレードを降ろしてきて、今度はもう少し丁寧に開発する日が来るかもしれない。凍結保存してあるスクリプトとデータは、全部残してあります。


今回のまとめ

  1. 逆張りと並行して、順張り(高値ブレイク)とアービトラージ(ペアトレード)を試した。どちらも凍結
  2. 高値ブレイクは6ラウンドの検証で「PF1.2の壁」が確定。見かけのPFに騙されないために、バイアスの存在を知ることが重要
  3. ペアトレードはWFAで基準未達。ペアの定期的な見直しで突破できる可能性はあるが、今の優先順位では逆張りに集中
  4. 凍結は死刑ではない。手法を否定しているのではなく、自分の開発スタイルとの噛み合いの問題
  5. 机の上で死んだ戦略は、現金の代わりに死んでくれた戦略。寄り道で得た知見は本道に還元される

次回からは、運用フェーズの話です。まず、生き残った逆張り戦略が毎日どう動いているのか——完成したシステムの全貌を、実際の画面でお見せします。第0回で書いた「このシステムは今、止めています」の答えに向かって、ここから最終盤に入ります。


次回・第6回:完成したシステムの全貌——毎日動く仕組みと、帰宅したら届いている通知


免責事項:本記事は筆者の実体験に基づく情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄・手法・サービスへの投資や購入を推奨するものではありません。過去の検証結果は将来の成果を保証しません。本記事に登場する投資手法(高値ブレイク・ペアトレード等)を否定するものではなく、筆者の特定の開発条件下での検証結果を記録したものです。投資判断はご自身の責任でお願いします。