第0回に戻る

第0回で、こう書きました。

「このシステムは今、止めています。」

あの宣言から始まった連載が、ここでようやくその場所に追いつきます。環境構築、バックテスト、手法の検証と凍結、システムの構築、定性フィルター——すべてを経て、実際に運用し、そして止めた。今回はその話です。


フォワードテスト——93銘柄の仮想取引

前回、業績悪化条件を「実際の取引データから設定した」と書きました。ここからは、そのデータの話です。

2026年3月5日〜4月20日。イラン危機による暴落局面。逆張り戦略にとっては追い風の相場です。この期間に定量スクリーニングを通過し、絶対棄却条件に引っかからなかった銘柄が93銘柄ありました。

この93銘柄の全部を買った場合の仮想取引を記録しました。実際に売買したのはこの中からさらに業績で絞り込んだ銘柄だけですが、「もし業績を見ずに全部買っていたら?」のデータが欲しかった。業績悪化の程度によってパフォーマンスがどう変わるかを、実弾のシグナルデータで検証するためです。

取引記録スプレッドシート。93銘柄の売買記録
取引記録スプレッドシート。93銘柄の売買記録

銘柄コード、シグナル発生日、承認/棄却の判定、取得価格、決済価格、損益率——1行ずつ、全銘柄分のデータが並んでいます。


業績カテゴリ別のパフォーマンス——数字が語ること

93銘柄を、通期経常利益の前期比で分類しました。Claudeに分析を依頼して出てきた結果がこれです。

カテゴリ別PF・平均リターン比較グラフ
カテゴリ別PF・平均リターン比較グラフ
グループ別サマリー表
グループ別サマリー表

全体PFは3.808。93銘柄・勝率73.1%・平均リターン+3.00%。暴落局面のデータなので逆張りに有利であることは割り引いて見る必要がありますが、データとしてはリッチです。

面白いのは、業績カテゴリごとにきれいなグラデーションが出ていることです。

増益/横ばい(N=42):PF6.55、勝率78.6%。最強カテゴリ。業績の裏付けがある銘柄は逆張りのエッジが最も高い。

黒転(N=5):PF4.85、勝率80%。意外な高パフォーマンス。前期赤字だが今期黒字転換の予想が出ている銘柄。サンプルは少ないものの、リバウンドのエッジが強い。

小幅減益(N=15):PF3.20、勝率60%。減益とはいえ軽度なら、エッジはまだ十分に残っている。

中程度減益(N=9):PF2.94、勝率77.8%。ここがポイントでした。当時のフィルターでは棄却していたゾーンですが、逆張りエッジは十分に存在していた。

大幅減益(N=6):PF1.55、勝率66.7%。エッジはあるが薄い。ストップロス率17%。ここが承認と棄却の境界線。

赤転(N=5):PF1.13、勝率80%。勝率は高いが損失が大きく、PFがほぼ1。フィルターが最も機能しているカテゴリ。

赤縮(N=2):PF0.00。全件損失。ただしN=2でサンプル不足のため結論は出せない。

このほか、赤拡(赤字がさらに拡大する予想)というカテゴリがN=3でPF3.62と高い数字を出していますが、こちらもサンプルが少なすぎるため参考値扱いです。なお、各カテゴリのNを合計しても93銘柄には届きません。発注ミスや業績で分類できない銘柄が数件あるためで、それらは集計から外しています。

フィルター閾値別の考察
フィルター閾値別の考察

この分析から見えてきたのは、当時のフィルター設定が中程度減益ゾーンを棄却していたが、そこにもエッジが存在していたということでした。PF2.94のゾーンを丸ごと捨てていた。

ただし、これを単純に「拾うべき」と結論づけるのは早い。良い銘柄(増益/横ばい)のロットを増やすほうが期待値は高いかもしれないし、範囲を広げて手広くシグナルを受け入れるほうが資金効率は良いかもしれない。どちらが正解かは一概には言えず、検討に値する課題です。


定性フィルターの再設計

定性フィルター再設計の選択肢
定性フィルター再設計の選択肢

データに基づいて、フィルターを再設計しました。

変更点1:Tier 2の業績閾値を緩和。中程度減益ゾーンのエッジを拾えるようにした。具体的な閾値は伏せますが、データのグラデーションに基づいた判断です。

変更点2:黒転銘柄の扱いを見直し。旧フィルターでは「赤字」として棄却されがちだったが、フォワードテストで高いパフォーマンスが確認されたため、Tier 2では別扱いとした。

変更点3:赤転・赤縮は棄却を維持。PFが1前後では、ストップロスのリスクに見合わない。

バージョン変更の背景。v1.xからv2.0への改訂経緯
バージョン変更の背景。v1.xからv2.0への改訂経緯

※画像内に「トランプ関税ショックを含む」という記載がありますが、これは文書作成時の誤記です。この期間の暴落はイラン危機によるもので、トランプ関税ショックは含みません。

これが前回紹介したチェックシートv2.0の背景です。「実際の取引データから設定した」と書いた中身がこれ。バックテストでは検証できない業績の影響を、フォワードテストの実弾データで検証し、フィルターに反映させた。

ここで注意しておくべきことがあります。この93銘柄のデータは暴落局面のものです。イラン危機による暴落の真っ只中で、逆張り戦略には構造的に有利な相場。PF3.808という全体成績は、この追い風を含んでいます。通常相場では、もっと控えめな数字になるはず。第4回で話した「暴落期間がPFを押し上げる」問題と同じ構造です。

それでも、カテゴリ間のグラデーション——「業績が良い銘柄ほど逆張りのエッジが高く、業績が悪い銘柄ほどエッジが消える」という傾向——は、少なくともフィルター設計の仮説としては十分に使えると考えました。この傾向が通常相場でも再現するかは、今後の検証課題です。


好調、そして失速

ここからは、実際に自分の資金で取引を行った上での経験です。先ほどまでの93銘柄の仮想取引とは違い、定性フィルターで絞り込んだ銘柄を実弾で売買した、リアルな運用の話になります。

3月から4月中旬までは、好調でした。暴落局面で逆張りのシグナルが大量に出て、リバウンドも強烈。データ分析とフィルター改善を並行しながら、実際の取引でも利益が積み上がっていた。

4月中旬以降、相場が上昇トレンドに転換しました。

PFが落ちていくこと自体は、予想していました。逆張り戦略は暴落局面で稼ぐ。上昇トレンドではシグナルが減り、出てもリバウンドが弱くなる。それは分かっていた。

問題は、PFが1を下回ったことです。

システムトレードの基本は、調子が良くても悪くても淡々と続けること。感情で止めるのは最もやってはいけないこと。第6回で「決済に人間の判断を入れてはいけない。Geminiに口酸っぱく指導された」と書きました。同じ原則がここにも当てはまるはずです。

だから、悩んでいました。止めるべきか、続けるべきか。

Tier 1(上昇トレンド逆張り)が効くはずの相場です。上昇トレンドにある銘柄の押し目を拾う戦略だから、こういう局面でこそ質の良いシグナルが増えるだろう——そう考えていた。

でも、効かない。


「日経は上がってるのに、自分の株が上がらない」

巷でも、同じ声があふれていました。「日経平均は上がっているのに、自分の株は上がっていない」。

私もまったく同じ感想でした。

これは構造的に何か問題があるのでは? そう考えて、いろいろ調べていきました。すると、あるものを見つけました。

NT倍率の推移チャート
NT倍率の推移チャート

NT倍率。日経平均(N)をTOPIX(T)で割った指標です。この数字が上がっているということは、日経平均を構成する大型・ハイテク銘柄がTOPIX構成銘柄(より広範な市場)よりも強く上昇している——つまり、市場の上昇が一部の銘柄に集中していることを意味します。

そして、このNT倍率が上がり始めた時期と、私の手法のパフォーマンスが落ち始めた時期が一致していた

理屈は明快です。私の手法でシグナルが出る銘柄は、TOPIX系の幅広い銘柄が多い。日経平均を牽引しているAI関連・半導体関連の大型株ではない。NT倍率が上がっている局面では、市場の資金がそうした一部の銘柄に集中していて、私の手法が拾う銘柄群には恩恵が回ってこない。

巷の声。自分の感覚。数字。3つが揃いました。

ここで止めることには根拠がある。感情ではない。データに裏付けられた判断です。

5月半ばの決算シーズン直前、スパッと止めました。


止めた先にあるもの

止めたのは「終わり」ではありません。

結論として、NT倍率をシステムの稼働/停止の指標に組み入れることにしました。NT倍率が上昇している(AIモメンタム相場が強い)局面では、この逆張りシステムは相性が悪い。逆にNT倍率が落ち着いている、あるいは暴落が起きた局面では、このシステムの出番が来る。

そしてもうひとつ。覚えているでしょうか、第5回で凍結した高値ブレイク(順張り)。あの手法は「上昇トレンドで稼ぐ」戦略でした。NT倍率が上がっている局面——つまり逆張りが苦手な局面こそ、順張りの出番かもしれない。凍結は棄却ではないと書いた。棚に上げた手法を降ろしてくる日が来るかもしれない、とも書いた。その日が、意外と近いのかもしれません。

ちなみにNT倍率は、今も毎日見ています。個別株のシグナルだけでは見えない「相場全体の構造」を眺める習慣は、システムを止めた今も続いている——というより、止めた経験がこの習慣を作りました。


第0回に答える

第0回に戻ります。

「このシステムは今、止めています。」

止めた理由が、これです。感情ではなく、根拠のある停止。NT倍率という、当初は想定していなかった指標が、運用を通じて見えてきた。これも暗黙知です。「なんかおかしい」という感覚から始まって、巷の声に共感し、データで裏付け、判断に変えた。

この連載のタイトルは「暗黙知をシステムにする」です。環境構築からバックテスト、手法の検証、定性フィルターの設計、そして停止判断まで——すべての局面で、投資経験から来る「暗黙知」がAIとの共同作業を支えていました。

AIは強力な道具です。コードを書いてくれる、バックテストを回してくれる、定性判断の補助をしてくれる、冷静に「今すぐ取り消せ」と言ってくれる。でもAIだけでは到達できない場所がある。「この数字はおかしい」と気づく力、「まず掲示板を漁ってみよう」と動く力、「NT倍率と自分のパフォーマンスの一致」を見つける力——それは、あなたがこれまでの投資で培ってきた経験の中にあります。

技術はAIに任せる。戦略は対等に話し合う。そしてお互いの弱点を、その場で埋め合う。

この連載が、あなたの頭の中にある「あの戦略」を動かすきっかけになれば、これ以上嬉しいことはありません。


今回のまとめ

  1. フォワードテスト93銘柄の業績別分析で、業績が良い銘柄ほど逆張りのエッジが高いことが判明
  2. データに基づいてフィルターを再設計。過剰棄却していたゾーンを拾えるように
  3. 暴落局面の好調→上昇トレンドで失速。PFが1を下回っても感情では止めない
  4. NT倍率の上昇と自分のパフォーマンス悪化の一致を発見。巷の声・感覚・数字の3つが揃って停止
  5. 止めたのは終わりではない。NT倍率を稼働指標に組み入れ、次の出番を待つ

次回はエキシビジョン。この連載で書ききれなかった小話、小技、そして補足を集めた番外編です。


次回・第9回(最終回):エキシビジョン——小話と小技の詰め合わせ


免責事項:本記事は筆者の実体験に基づく情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄・手法・サービスへの投資や購入を推奨するものではありません。過去の検証結果・運用成績は将来の成果を保証しません。NT倍率に基づく稼働判断は筆者個人の判断であり、その有効性を保証するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。